ココロにツバサ属

日々感じたことを とりとめもなく

〇〇になりたい!

三女が最近学校で将来なりたいものについてよく考えたりしている様子。

 

「お母さんは子どもの時に  何になりたかったん?

 

「お母さんはねえ。インディージョーンズとかのアドベンチャーが好きでねえ。冒険家になりたかったんよなあ。」

 

「そうなん?」

 

「そうなん!」

 

「それ…私もなりたい!

 

「そうなん?」

 

「うん!楽しそう❗️」

 

それ以上は何も詳しく説明もしなかったのだけど。

[母は日々好きなことをして生きてる]

ように見えていることだろうと思う。

実際嫌なことからは全力で遠ざかっているし、毎日結局好きなことしかしていない、笑。

「しなくてはいけないこと」は必要最小限のみ実施してますが。

しなくてはいけないことと、したいことが、今では一緒になってる部分も多くて 明白な線引きは難しい。

 

実際母がしているんだろう仕事のあれこれや

趣味なのかボランティアなのか、よくわからないあれこれは一体何なのか。

と思っているのではないかと思われる。

だって、当の本人が「こういうもの」というのを表現し難いのだから。

 

そんな娘に「冒険家」というワードがパチンとはまったみたいだ。笑

すごい説得力があったみたいだ。

 

普通の感性なら、冒険家なんて聞いたら、あれは映画だから とか、現実離れしてる とか、何で今の像と全然違うの とか、そんな風に思うんじゃないかなあと思われる。

実際自分も3年生か4年生の時に、将来の夢は冒険家とプリントに書きながら、半分はこんなんでいいのかな?という不安があった。笑

 

でも娘は、よくわからないけど、そうか、冒険家を目指すと母のようになるのか。と感じたみたいだ。

しまいには「お母さんになりたい!」とまで言い出した。

 

「えー。こんなダメダメのポンコツの母さんでいいの?」

 

「うん。お母さんがいいねん!

お母さんみたいになりたい!」

 

耳を疑うような言葉だけど

いやいや。録音しておきたかったなあ。

この先にどんな困難があっても、この言葉を聞いたら、力になるような気がする。

 

娘に、お母さんはお母さんのままでいいんだよ

って全肯定してもらったようで。

何だか心がふんわり 温かい。

 

録音は出来なかったけど

残しておきたい親子の会話でした。

妄想 寝言 夢物語

 環境の勉強をしてきた自分にはやりたいことがある。

それはアスファルトの撤廃だ。

今の地球温暖化の原因の半分くらいはこれが占めている。いや、もっとかもしれない。

と自分は勝手に思っている。

残念ながらこれはきちんとしたデータからの裏付けではない。

だけども動物的な勘が、そうだと言っている。

夏の暑い日にアスファルトの上を通ると、誰しも湯気のような蜃気楼のようなモアモアしたものを見たことがあるのではないかと思う。

これこそが暑さの証明だと言うのは言い過ぎだろうか。

手を置いたりしてみても、火傷をしてしまうような熱を放っている。

あまりにも人工的で不自然な産物であると常々思っている。

 

舗装も扱う建設業界の人間ながら、何故このような物が大手をふるってこのようなSDGsが声高に叫ばれるようなご時世に未だ地球を覆い尽くそうとしているのか、謎である。

きっと利権やら何やらあるからに違いない。コスパも悪くはないのだろう。車両の走行性も良好に違いない。

環境には良くないけれど。

 

走行性>コスパ>環境

もしくは

コスパ>走行性>環境となっているベクトルを変えたい。

環境=コスパ>走行性

となれば、車両業界も黙ってはいないだろうけど

車両業界も環境汚染と破壊の一翼は担っているわけだから、負担は分担してもらって当然だろう。

 

無責任に環境に良くないと言ったのだから

少しは根拠も示さなくてはならないだろう。

 

ある大学で行われた驚愕の研究データを見つけた。

ここから、アスファルトは気温上昇をし始めた4時間後には60度まで温度を上げていることが見てとれる。

更に驚きなのが、アスファルトと芝生との温度差が実に15〜20度はあるということ。

芝生は水を含んでいるからということもあるだろうか。

 

また、別の調査によると

アスファルトと土でもその差の大きいことが伺える。

アスファルトが最高で54.2度に達した時、土なら39.2度であるということ。

その差は15度である。

 

こういった単純な事実から、アスファルトは全部めくってしまって、土に置き換えた方がいいということを実は10年くらい前から1人で勝手に提案している。けれども誰も相手にしてくれない(笑)

身内には、しまいには、刺されてしまうから、あまり大きな声では言わないように とさえ言われている。

 

そう言われたらそうだ。確かにその仕事に携わる者からすれば死活問題だ。

早急に全て遣り替えるなんて確かに無責任だし無理難題だろうと思う。

けれども段階的に試験的に導入実施していってもおかしくない時代に突入しているのではないかと思う。

 

つい先日は希望の光となるニュースも舞い込んできた。

http://www.minkyo.or.jp/01/2017/01/nipponnochikara_79.html

これによると、鳥取の砂を固める接着剤が開発された。ごく少量で全体を固める能力があるということで、JAXAも目を付けているという。

 

道路業界がこのような光を取り込んで、新たな体制を築いて進化し、持続可能性を高め、妄言でも夢物語でもなく、現実になることを願っている。

合格しました

三女が中学受験の塾に通い始めて3カ月が経過しました。

相変わらず無理はさせないユルーい見守りのわが家ですが。

子の方はというと、そんな親の思惑とは違い?けっこう真剣に持てる力を出している様子。

ここへ来て「宿題全部出来たで❣️」という言葉もチラホラと耳にするようになり。

「え!マジで!ほんまに❓すごいやん❣️天才やん❣️」と大絶賛のエールを送っています。

そうなると、いつもの宿題テストの方も自然と点数が伸びてくるわけで。

ついこないだまでは20点とか30点だったはずなんですが、いつの間にか80点合格ラインに到達したようで、そのテストを嬉しそうに見せてくれました。

おおおお〜😮ほんまや。すごい。すごいなあ。

 

ここへ来て感じていることは。

「子どもの持つ力を信じて好きにさせてあげること = 子どもの自己肯定感を損なわずに高めてあげること」

これには幾らかのお金や時間も必要だったりするわけですが。

そこを惜しまずに協力することで、その環境の中で子ども自身に任せていても、自発性が伴う子どもはどんどんと成長していくのだなということ。

 

 

好対照の例として

わが家の二女は本当にお勉強をしませんでした。勉強におおむね興味関心がなく、残念ながら最近までほとんど勉強していません。

勉強を頑張るから、行かせてほしいと頼み込まれて入った私立高校ですが、それでもやっぱり勉強はしていませんでした(苦笑)

そのため先日の中間テストでは、国際科の2クラス中、なんと最下位という成績を収めました。

試験前や試験期間中の態度や素行を見ている限り、そうなるだろうな、ということは充分に予測が出来ました。

だけどもユルいわが家は特にほとんど何も言いませんでした。ガミガミと言ったところで、勉強はしないだろうし、親の不用意な言葉で自己肯定感を下手に損ねてしまうだけだということがわかっていたからです。

仏教的に言うと親としての忍辱波羅蜜の修行の場です。

 

そして結果を見てニンマリ。予想通りです。良かった。心の底からそう思いました。

何故なら、それくらいの頭の打ち方をしない限り、自発的に動き出さないことがわかっていたから。

最下位という結果に、さすがの彼女もこれじゃあイカンと思ったようで、ようやくスイッチが入りました。それからは、席替え時に前の席にしてもらったりするなど、自発的な動きがようやく見られるようになってきました。

こうなると、何と言っても最下位ですから、後は上がるしかありません。彼女が頭を打ってからのやる気がどれくらいのものか、今はその伸び代を見守っているところです。

 

そんなお勉強はあんまりしない彼女ですが、音楽とダンスが好きで、そこは放っておいても自発的にガンガン頑張っています。自己肯定感が高い子なので、人の前で発表するということに対して抵抗が少ないようで、ダンスだけでなく、学校での英語スピーチなどはクラスで5位の中に入ったりもします。

また、英語だけは好きなようで、英語の学習意欲はそれなりにあります。英検なども順調に取り進めています。

そんな彼女の伸び代は未知数な訳ですが、きっと持ち前の自己肯定感でもって、行きたい方へしなやかに伸びて行くんじゃないかと思われます。

 

 

何が言いたいかと言うと

それぞれに得意な分野があるということ。

二女の場合はそれが英語であり音楽でありダンスであり。

三女の場合は今のところ勉強なのかな。

長女は小学校の卒業アルバムの将来の夢に「自衛官」と書いた通りにその希望をかなえました。

勉強が全てではないし、本人の得意なこと、自発性の伴うものしか、親がどんなに努力をしたところで結局は伸びない、伸ばせないということ。

そしてそれには幾らかのお金と時間が必要であること。

親としては、そこの部分を頑張ってあげられたら、腹をくくって寄り添ってあげられたら、十分なんだということ。

 

長女の子育てをしていた時に暗礁に乗り上げている気持ちで、不安いっぱいだった自分に言ってあげたかったこと(笑)

今更だけど、良く見れば巷にありふれてもいることだけど(笑)改めて自分なりの言語化にしていきたいと思います。

環境教育授業

昨年に引き続き、今年も授業をさせていただくことが出来ました。

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住んでいる地域の森を住んでいる地域の小学3年生に学校の授業として案内するという所属NPOの事業です。

今年も案内人の1人として子ども達に自分の住んでいる町の自然の良いところを自画自賛的に伝えてきました。

子ども達の「へえ〜!すごい!そうなんや!」という声と眼差しが何より嬉しく。貴重な時間を過ごさせていただいています。

 

自分の母校でもあるわけですが。正直に言って自分が子どもの時にはあまり好きではなかった地元です。特に私の年代ではヤンキーの巣窟とでもいうような、当時は相当に悪かった学校で。子どもといえども心が荒んでいる、そう言わずにはいられないような環境だったと思います。誇らしいことなんて何一つ感じられず、むしろ嫌なことばかり目につく。恥ずかしながら自分にとってはそういう場所でしかありませんでした。それは本当に当時の自分の心が幼く稚拙だったこととも直結していることですが、それだけではないだろう環境の良くなさ(個人的、家庭の課題も含む)も確かにあったのだろうと思います。

 

大人になってから、本腰を入れて環境の勉強をするようになり、それから改めて学び始めた地元の環境のこと。それはまさしく「へえ〜!すごい!そうなんや!」との出会いの連続でした。

それらは当時から厳然として在りながら幼稚だった自分の心には届かなかった事もあったでしょう。また、比較的最近になって調査が進んだおかげでわかるようになったことも多くあり。当時の自分がこんなことをもし知っていたら、少しは自分の住んでいる地域を好きになれたんではないか という想いが頭をもたげます。

 

小さいうちから、自分の住んでいる所を好きになってもらえたら。自分の住んでいる所をほんの少しでも誇らしく思えたら。それは自分を支える礎となってくれることでしょう。そのような小さなことの積み重ねでしか自己肯定感というものは育まれないと思います。

自己肯定が出来る子は、困難に出会っても乗り越える力があります。今を生きる子ども達のその基礎の部分に少しでも寄することが出来れば、こんなに嬉しいことはありません。

 

話が随分と暑苦しくなりましたが(笑)今年の3年生はちょうど末娘のいる学年です。会う子会う子に「〇〇のお母さんや〜」と言われ、なかなか面白い状況でしたが、青少年の活動の方で同じフィールドにいることに慣れている娘もさすがに少しいつもとは違う感じがするようでした。

学校から帰ってきたら、「お母さんの担当してた班の子が、面白かったって言ってたで」と、とりあえず褒めてもらい、ご機嫌を損ねないでいられたようで良かったと思います。

 

今年は初めての昨年とは違い、多少なりとも要領を得ていたので、少し心に余裕を持って臨むことが出来ました。

まあ課題は沢山あるわけですが、少しずつ掘り起こしていきたいと思います。

一段落

  振り向くこともしないで走り抜けた春の陣。

ようやく一息つける所に到着しました。

 

   年度末から年度初めにかけてのバタバタ劇。そして初めてのメンバーとの初めての体制など、連絡を密に取らなければならないことが多くあり、気を張って走りつつ、あっという間に6月に突入。毎年のことながら6月は会社が決算の月なので、経理担当としては追い込みのラストスパートをかけなければなりません。ところが今年に限って6月に入ってから子が溶連菌に感染し。それをうっかりもらってしまい。1週間の停滞を余儀なくされ。やっと治っていざ仕事と切り替えようとするも、全身が蕁麻疹に見舞われ動けなくなり。ようやく落ち着いたかと思いきや、今度は地震で。散々でした。

 

  こうなることを予測していたら、他の予定は控えめにするのですが、こうなると予測出来ていない以上、スケジュールにも無理があった今年。いつもなら適度な息抜きはある方が仕事も捗るのですが。それが今年は仇になったような気もしないではないですが。何とかギリギリ期日までには間に合い、ホっとしました。

 

  とは言うものの、もうすぐそこには夏の陣が迫っています。水面下では色んなことが夏へ向けて動き出してもいます。そこへ入ってしまう前に、少し気を休めておきたいと思います。  

別れは突然に

今年は生き物の息吹がとりわけ近くに感じられるわが家。

家の南側のレモンの木にはアゲハ蝶の幼虫が過ごしています。

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北側には長らくずっと未完成だったツバメの巣が完成し、ツバメの出入りが見られます。

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幼虫は観察をはじめてから半月あまりが経過。三女が今まさに3年生の学習で取り組んでいることなだけに、熱い気持ちでリアルに学んでいるところです。

 

最初は4匹いた幼虫ですが、1匹は三女が学校のお友達にあげるというので、嫁?婿?に出しました。

3匹になった幼虫を見守る中で完成したツバメの巣。

こちらは商売人の夫が特に何年もかけて心待ちにしていたこと。嬉しくないはずがありません。

 

ですが、ツバメの生態に想いを馳せてみると、食べるのは幼虫などということが浮かんできます。ということは…

そんな自然界の法則が頭をよぎります。もしそうなっても仕方がないことだけど。三女は悲しむだろうなあ。出来ることなら悲しませたくはないけれど。こればかりは仕方ない。

などと、妄想がグルグルと浮かんでは消え。浮かんでは打ち消し しながら。

 

昨日の朝は夫がフェンスにいた幼虫3を、ツバメに見つからないようにと、わざわざレモンの木に戻していました。何だかんだ言いながら、幼虫1.2.3に、子ども達の名前をつけて、可愛がっている夫。特に三女の名前をもらった幼虫3は1番最後に脱皮をして1番小さいので、気にかかる様子。

 

その幼虫3が、またしばらく後にはいなくなったと、気にかけているところに、三女を迎えに来てくれたお友達が、道路を歩いていたと教えてくれました。急いで見に行くと、シャカリキに道路を横断していました。

動画がこちらから見られます。

道路を横断する青虫 - YouTube

 

青虫ってこんなにウロウロするものなんでしょうか?

そういえば3匹とも、時折何処に行くのか姿が見えない時がしばしばあります。

気がつくとまた3匹いたり、いなかったり。

ああ、今いないんだなあ。くらいのもので、あまり気にも止めていなかったのですが。こういうことか。と、一つの気付きとともに、危ないやんか…という心配も沸いてきます。

 

そして今朝。

三女はご近所のお友達5〜6人と朝活で毎朝近所で走りこみをしています。今日も今日とて走りこんでいたわけですが…

悲劇は起きてしまいました。

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おそらく前しか見ていない小学生集団に踏まれたのだろうと思います。

予想しなかった結末を迎えることになりました。

今はまだ気持ちが言葉になりません。

南無阿弥陀仏

頑張ってます

まとまった時間が出来たので久しぶりのブログ更新。

 

お受験塾に通い始めた三女は、考えていた以上に多い宿題に追いかけられています。それをなんとかこなし…と言いたいところですが、そんなことは出来ずに、どうしたものか、先生にご相談をさせていただきました。

 

出されている宿題は全て基礎+応用という形になっています。そのため、諸事情により出来ない時は、基礎だけでもしていただいたら。とのお言葉を聞いて、少し救われました。ですが、もちろん、ちゃんと応用までするに越したことはなく、したらした分だけの実力が身に付きます。と言われたことも付け加えておきます。

 

そんなに必死にしなくても、まだ3年生だし…と、ゆるーいわが家ですが。同じ歳でも真剣に取り組んでいる子も少なからずいるのも現実。先生のお言葉はとても真実味のある真っ当な言葉であることを感じます。やらないよりは少しでもした方がいい、くらいの気持ちで、出来ないことを責めることのないように見守りたいと思います。

 

4年生になるまでには 少しは慣れていられればいいな。という温度なう。

 

 

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