ココロにツバサ属

日々感じたことを とりとめもなく

NZから帰国

今年の1月6日に留学に行った次女が一回り大きくなって (体重がね😂) 帰ってきました🇳🇿🇳🇿🇳🇿

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思い返せば中3の11月も末に差し掛かろうかという時。

突然ノーマークだった私立の高校に行きたいと言い出して。

慌てて最後に1回だけ残っていた学校見学に飛びこみ。

あっという間に願書提出、受験、入学と、とんとん拍子で進み。

わざわざ国際科に入学したからには、留学にも行ってもらいたいという親の願望も踏まえ。

振り返る余裕もなく ここまで来ました。

 

留学に行くとなると、3学期は丸々学校に行けないことになるので、自力でカバー出来るだけの成績を、1学期と2学期に納めることができた優秀者のみ、参加を認めるというハードルの高い条件に、何度も打ちのめされたりしながらも、最終的になんとか、行かせていただけることになり、学校の采配と温情に感謝しています。

 

とまあ、このような不安な材料があり、その材料が特に英語についてのことだったため、無理だと判断した場合には途中帰国もあり得るという学校側の冷静で当然至極の言葉に冷や汗もかきながら。1年間に延長を希望することこそなかったものの、無事に3カ月の留学期間を満了して帰ってくることが出来て本当に良かったと、安心しているところです。

間には銃乱射事件などもあり、どうなることかと肝を冷やしたりもしました。

 

娘は中学校時代、他の科目と比べて、英語は少しだけ、出来る方でした。

それが、国際科に入ってしまったため、求められるレベルが上がってしまい、少しくらい出来るくらいでは、かなりしんどくなってしまっていたのでした。

親としては、自信をつけてもらいたい、得意を伸ばしてもらいたい、そんな気持ちで🆗した受験であり入学でしたが、こんな形で裏目に出ることになるなんて、その時には思ってもみないことでした。

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留学に行かせてもらったからと言って、たった3カ月では、話せるようにはなっていませんし、目を見張るほどの成長や変化があったわけではありませんが、聞き取ることは出来るようになったというので、少なからず、進化を遂げているようです。

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今回の留学で得た学びと経験を元に、今後の進化が  あるのかないのか わかりませんが、3カ月分の話を少しずつ聞きながら、引き続き見守っていきたいと思います。

 

まずはホストファミリーへの御礼を考えます。楽しい時間です❤️むふふ

 

#ありがとうございました #感謝 #ホストファミリー #NZ #ニュージーランド 

何故環境だったのか.2

何故環境だったのか.1 - ココロにツバサ属 からの続きです。

 

 

彼と私と私の子どもと新しく宿った命と。

一つの家族になることが決まった。

この時には超肉体労働をしていたので、大事をとってやめることにした。

 

日を追う毎に 家には夫の事業の書類が山積みになっていった。 

いつしかこれを整理分類するのが私の主な仕事になっていったのは ごく自然な流れだったと思う。

大口の取引先の倒産により こちらで借金をして支払いに充てるしか 他に手がなかった。

そのためには帳簿が必要だった。

幸いにも複式簿記の記帳の仕方を知っていた。

人生ってのは不思議と帳尻が合うようになっている。

 

少し時間にゆとりが持てるようになった所で、経理事務士の資格を取得したり、仕事の本体である土木のことについてなど 興味関心のあることを手当たり次第に勉強し始めた。

色に関心があった自分は、カラーコーディネーターや色彩検定なども順調に取得していった。

 

色は仏教ともダイレクトにつながることにも気が付き始めた。

色即是空  空即是色。

色って何なんだ  (空って何なんだ)

 

色は勉強が進むにつれて、専門分野に分かれ始めた。

商品と、ファッションと、環境…

 

自分は環境のことなんて、何も知らない。環境って一体何だろう…

何だかわからないけれど、自分達が、どちらかというと、環境を壊す側の職種でもあることは、薄々自覚はしていた。

何も知らない私達が、何も知らないままで、仕事をしていて、いいのだろうか…

ふとそんな疑問が沸いてきた。

「イイワケナイダロ」

天の声だったのか 心の声だったのかはわからない。

 

このようにして、気がつけば、環境とは何か。

これが自分にとっては最大の関心事になっていた。

 

そして福祉住環境コーディネーターの勉強もし始めた。

バリアフリーなど、今の仕事にも直結することだった。

妹の障害のこともあり、それは他人事でもなかった。

ユニバーサルデザインの考え方に感動し、社会が進化していることも感じていた。

 

環境って幅が広いんだな。

子どもの育つ場所も環境だし。

私達が生きる場所も環境と言える。

エネルギーだって環境と名前が付くし

自然環境は最たるもので。

大局的には地球環境なんてものもある。

これらは全て別々のもののようでも一続きのもので。

こういう概念としての環境。

これは私にだって何となくわかる。

けれども、私達は、環境のために、一体何が出来るって言うんだろう。

私達は、何をすればいいんだろう。

 

そんな風に悶々としていた時のことだった。

家族で天王寺動物園を訪れた。

リニューアルした動物園はそれまでの知っている馴染みのあった場所とは違い、すっかり新しく、自然風に変わっていた。

かと思いきや、心踊るようなワクワクする絵が描かれいる壁。それらをマジマジと眺めていた。よく見るとそこには環境デザイン学科の文字が入っていた。

 

ハっとした。そうか、こういうことか…

頭の中のあれこれと目の前の現実が つながった。

この後、この学科のある大学に通信教育課程があることを知り、いても立ってもいられずに、高卒認定の試験を受け、入学を決めた。

 

それは一度はワープアウトした道だった。レールの上を無難に歩むことに危機感とも危惧とも問題意識とも言えるものが全力でNOと言ったはずの道だった。

 

環境とは何か。

このことの答えはまだ出せていない。

それは人それぞれに答えが違うものだからだろう。

これが正解という明確な答えはない。

大学に行って学んでもみたけど 答えは見出せなかった。

これが現状での私の答えと言えるだろう。

 

今後もこの最大関心事を 十字架を握りしめるような気持ちで 学んでいくつもりでいる。

自分は仏教徒だけれども。

何故環境だったのか.1

20歳から子育てをしていて、学び始めたのは遅かった。

当時は経済力に不安があり、何か資格でも…と思ったのが学びの始まりだったと思う。

 

最初に取得した資格は医療事務だった。

興味や関心があったというよりは、持っていれば食べていけそうな資格という所で選んだものだった。

これが勉強熱に火をつけたように思う。

そんな医療事務の勉強は殊の外に面白かった。

世間知らずな20歳の自分だったけど、これを学ぶことで医療機関の仕組みや当時の点数制度など 社会の仕組みと言えば大袈裟だけど、医療という世界の仕組みを少なからず知ることができた。

勉強って楽しいじゃないか。

 

以降は機会を見つけては少しずつ色々な勉強をするようになっていった。

いよいよ働かなくてはならなくなって、始めに就いた職は金融・不動産業の会社だった。

それは医療事務とはまったく関係のない仕事だった。

 

当初は当然ながら医療事務の職を求めていたのだけれど、まともに高校も卒業していないような、母子家庭の自分を雇ってくれるような所には当然ながら?巡り合わなかった。

解決し難い人生の課題を消化できずに、社会からワープアウトしてしまっていた自分にとって、社会はなお非情に感じられた。

 

そんな自分を拾ってくれたのが、金融業の裏ボス的存在の社長だった。「事務員さんがやめて新しい人募集しているから行ってみ」と、知人に言われたままに、仕事ほしさに、仕事内容もよくわからずに訪れたのだった。

 

社長が履歴書に書いた字を気に入って下さり、雇ってくださることになった。まだ幼かった私に習字に通わせてくれた母に感謝せざるを得なかった。自分では母から自立して自分の足で生きてきたつもりでいたけれど、結局は母が身に付けさせてくれた技術に救われたのだった。凝り固まっていた何かが寛解し始めていた。

 

その会社で仕事の基本を叩きこまれた。電話の出方、接客の仕方、手紙の書き方、複式簿記の記帳の仕方、金利の計算の仕方、借用証書の書き方、信用情報の取り扱い方、公正証書 委嘱委任状の書き方、抵当権の設定の仕方、取得税の計算の仕方…金融も不動産も扱っていたこの会社で覚えることは他にも沢山あった。

 

3年間、無遅刻無欠勤で働いた。社長も奥さんも息子さんも本当に良くしてくださり、人間関係には何ら問題なかったのだけれど、大金を運んだり、高齢者といえども取り立てを迫らなければいけない側の立場というのは、自分にはとても重たいプレッシャーがあり、のしかかる重圧に耐え切れなくなってきていた。精神的に限界に達し、やめざるを得なくなった。

 

この時には社会から決別する意で動き始めた。自分は社会不適合者だ。一面を見ると完全にそうだった。だけどもこんな自分は健全だ。嫌なことはしたくない。その揺るぎない不動の心は当時既に宿っていた。ワープアウトした時と同じ。自分が納得のいかないことを惰性で続けることが何より苦しかった。だけれども この時の自分には育てていかなければいけない子どもがいた。

 

人生で2度目の彷徨いを始めたけれど、間も無くして ハッと気がついた。決別したつもりの社会もまた同じ社会であること。何処へ逃げようと1枚の社会だということ。逃げた先に都合良く浄土が顕れるわけじゃない。。。。。完全に目が覚めたところですぐに社会へ復帰した。もう迷いはなかった。

 

次はもう  頭と心を使わない仕事をしようと、身体が資本の労働を探した。かなりの早朝から夜遅くまで 大変だったけれど、このことが家族の関係を好転させた。これまでどうにか保育所の時間の枠内の仕事で親に頼ることなく来ていたのが、大幅に保育所の枠外の仕事になり、思いがけずに父が送迎の協力をしてくれるようになった。ありがたかった。

 

この時には自分の中の凝り固まったものが寛解していたように思う。そしてお付き合いをしていた人(現在の夫)の子を授かった。この時、彼は彼の事業で追い込まれていた。取引先が夜逃げをしてしまい、下請けをしていた彼に多額の支払い義務が生じてしまったのだった。

 

そんな中だったので、結婚したいとか、したくないとか、そんなことはどっちでも良かった。授かった命を育んでいきたい。出来れば彼も支えていきたい。そんな使命にも似た感情が芽生えていた。

 

 

何故環境だったのか.2 - ココロにツバサ属へ続きます

卒業します

足かけ8年目になる大学生生活ですが

1月には、習い事も返上して(それでもパン教室だけは行ったのだけど😋)本気❣️の追い込みをかけ

2月7日の最終提出日の2日前には何とかギリギリ課題を仕上げて提出。

ドキドキしながら待っていたそれらの課題が合格で帰ってきました㊗️㊗️㊗️

2月中に最終のスクーリング(英語Ⅱ)も無事に受講。

これでとうとう卒業要件を満たすことができました。

もはや よほどのことがない限り、今年度に卒業できるのではないかと思っています。

 

日頃からしたいことをしている私ですが、7年半の間に「卒業したら」したいと思っていたことが沢山積もっていて、何から手をつけようかな〜 という 少し悩ましくもあり 少し贅沢な 幸せな時間。 

 

育児や家事、仕事に、所属団体や地域での役割など 人並みに忙しい‼︎ながらにも、やる気にさえなれば、本気でやれば、おばちゃんにだって、大学を卒業するくらいのパワーや時間は出せるんだと、身をもって証明したので、自分史上たぶん1番頑張ったので、自己肯定感メキメキ上がっています。

 

それは自己肯定感低めの自分にとっては間違いなく良いことなのですが、行き過ぎて 鼻柱が折れないように、慢心創痍(笑)にはならないように、気をつけたいと思います。

 

今後の課題として

卒業出来た暁には、実行しようと決めていた資格取得の勉強や申込が数種類。

まずは仕事面のスキルアップが第1の課題と考えています。

 

次に自分のしたい勉強に向けての足元固め。

したい勉強の内容は決まっているのですが、どういう方法が最良であるかを見極め、資金繰りや家族の事情などを加味して考えると、予想では 少なくとも スタートラインに立つまでに 5年間はかかるのではないかと思われます。その間に事情は変わり続けるでしょうから、夢物語に近いほど遠くの目標になりますし、もしかしたら目標自体が大幅に変わることもあるかもしれません。

しかしながら当面の間(3年間)は、自分の勉学はさておいて、三女の中学校受験の伴走に力点を置きたいと思います。

 

最後に。

自分というものは、自分の描いたようにしか、成りません。ただなんとなく、ぼんやりと形作っている自分というものから、自分を見出せる なんてことはないんですよね。そんなことがあると思っているのは惰性という幻想でしかありません。

 

自分自身が、どういう想いをもって、どういう形に成りたくて、そのためにはどうして行ったらいいのか。様々な軋轢の中でどのようにそのことを貫いていくのか。そこからしか「自分」というものは見出せません。

 

自分探しをするのに飽きてきた人や、その先を見出せなくてしんどい人には、今すぐに自分作りをはじめてください😆😄😉

より良い未来のために🌹一歩ずつ

ガールスカウトが良いと思う8つの理由

  「ガールスカウトって何をするんですか?」

この質問はとてもよくある質問で、とても簡単なことのようで、いつも返事に困る難しい質問でもあります。

それは何故なら

端的に一言で言い表せないから。

そして、その端的に表せないから という事実を前に、それにかこつけて、いつしか言葉で説明するのを諦めてしまっている自分がいました。

「活動を見て 感じてね」

そう背中で語り、いや実際に言葉にし、時間がないことを理由に、多くを語るのを避ける。

こんなことを続けていて、モヤモヤしないわけがないです。

そこで。今日という今日は。

言いたいことを漏れなく出し尽くしてしまおうじゃないかと思います。

 

 

ガールスカウトが良いと思う8つの理由

 

 

1.活動の指針がハッキリしている

 

ガールスカウトトップページ|公益社団法人ガールスカウト日本連盟は、日本に約4万人の会員がいて、その会員全てが同じ指針を軸に活動を展開しています。指針は全部で3つあります。

 

①自然とともに

自然の中で活動することで、自然のもつ厳しさや、思い通りにならないことを経験します。天気や気温に対する心構え、落ち葉の踏みしめ加減、食べられるものかどうか など 五感を使いながら 野外で必要なことが自然と身についてきます。

 

②人とのまじわり

ガールスカウトは普段は団という市町村毎の単位での活動をしています。その中では様々な考えをもつ者や様々な年代が入り交じっています。団を越えて、ブロックという地域の単位や都道府県連盟単位、全国で交流することも少なくありません。たくさんの人に揉まれながら成長していきます。

 

③自己開発

自分の得意なことや不得手なことを、仲間やリーダーが気付かせてくれたり、時には自分で気付き、得意なことを伸ばし、不得手なことにも挑戦することで、私にもできた!を引き出し、自己肯定感を高めていきます。

 

また、ガールスカウトにはボーイスカウトと共通の 「そなえよつねに」という“モットー”があります。

ひらがなで書くと、何のこっちゃ?かもしれませんが、漢字で書くと「備えよ常に」です。

このモットーがあることで、必然的に準備力、段取り力が向上していきます。

 

これらの共通項があるということで、引っ越しなどで転団するとなった場合にも、基本的な所の違いがなく、新しい場所でもすっと溶け込むことが出来ます。共通項があると初めての人との出会いも 安心して話をすることができます。

 

 

2.キャンプがある

 

 ガールスカウトなら、避けては通れないキャンプ。キャンプを通して、前述の3つの指針を達成していくわけですが、筆者がキャンプがあることが良いと思うのには もう一つの理由があります。

それは 時間ができる ということです。

  現代人は便利な生き方を享受しているにも関わらず、いつも常に時間がなく、大抵その1番の犠牲になっているのが子どもたち というのが実情なのではないでしょうか。

たまにはゆっくり遊んでほしい、友だちと時間の許す限り遊びたい…そんな子ども達の願望が満たされるのが ガールスカウトのキャンプではないかと思います。

家族で行くキャンプともまた少し違い、たくさんの子どもや大人の中で一緒にキャンプをするということの醍醐味は、じっくりと一緒に過ごす時間ができる という所にあるのではないでしょうか。

 

 

3.女性だけでできることの強み

 

  ガールスカウトは、文字通りに女性が主体の組織です。基本的に 女性が中心となって様々な活動をこなしています。女性ならではの気遣いや思いやり、温かさや工夫が随所で感じられる反面、重たい物を搬入したりする重労働なども女性だけでするしかない状況下において、自ずと子どもながらにお手伝いが出来るようにもなってきます。協力する必然性があるため、自然とチームプレーが出来、チームワークも強くなっていきます。

また、女子ならではの悩みなど、安心して話したり相談することができます。自己開示をすることで、他からの承認を得ることができ、自分だけじゃなかった!ことに気付き、それがまた自己肯定へとつながっていきます。

自己肯定感が高くなると、勉強やスポーツなど、自分の本来持っているチカラを伸ばしやすくなります。なりたい自分になる、自己実現できる力が高まります。

 

 

4.世界につながる道がある

 

 ガールスカウト World Association of Girl Guides and Girl Scouts - WAGGGSは、世界146カ国に存在し、約1000万人の会員が活躍する世界最大の女性団体です。この規模は他に類を見ず、それがゆえに様々な所で世界につながる道が出来ています。このことは、つながる相手も 同じ理念を抱いている ということが保証されているということであり、何処の馬の骨ともわからない見ず知らずの人 という心配が少なく、安心して送り出したり迎え入れたりすることができるのではないでしょうか。このことをキッカケにして、多くのスカウト達が世界に羽ばたいています。

また、世界につながる道があるからと言って、必ずしも世界へと背中を押されるわけではなく、本人の意志が不可欠となります。国内で活動するのが良い。という気持ちも尊重されますので、海外はちょっと…という人も安心してください。

 

 

5.ボランティアで成り立っている

 

  ガールスカウトのリーダーをしていてると、一体いくらでリーダーをしているのだろう。という外側からの視線を感じることがありますが、ガールスカウトの活動をするには、活動費と登録費というものがあり、活動費としてはスカウト活動に必要なお金を保護者が負担するだけで、そこには基本的に人件費は含まれておりません。

登録費には、日本連盟や都道府県連盟での事務手数料が含まれます。

 

ということが実の所なので、意外と、活動費は高くありません。敬遠されがちの理由の一つに、すごく、高いんでしょ?と 費用の面があると思うのですが、普通の習い事とあまり変わらない、むしろそれよりは少ないくらいかもしれません。このあたりは団によっても違いがあるので、ガールスカウトに興味がある方は、住んでいる所の近くの団に一度問い合わせをしてみてください。団に直接聞きにくい場合は、各都道府県連盟に尋ねてみるのも一つの方法だと思います。

大阪府連盟一般社団法人ガールスカウト大阪府連盟

 

  費用面は高くない分、保護者が団委員やリーダーとして、活動しなくてはならないという現実もあります。「ちょっといいこと、してみたい(させてみたい)けど、何をしたらいいのかわからない」と感じているご家庭や、「子どもと一緒に沢山の共通の思い出を作りたい」「仲間を作りたい」「学校を越えてお友達がほしい」「親子で一緒に成長し続けたい」こんな風に思われているご家庭には、とても良い場所になるのではないかと思います。

 

 

 

6.パトロールシステムがある

 

 ガールスカウトは、就学前1年のテンダーフット部門、1〜3年生のブラウニー部門、4〜6年生のジュニア部門、中学生のシニア部門、高校生のレンジャー部門、成人会員  という内容で、各年代に応じた活動をするのですが、その中で、パトロールという5人前後の班を組み、パトロールリーダー、副パトロールリーダー、タイムキーパー、配給係、書記 など、引っ込み思案だろうが、人見知りだろうが、何らかの 役割が与えられます。

トロールは固定ではなく、キャンプの度に変わったりするので、様々な役割を何度も経験することができ、高い頻度で得意を伸ばし、不得手にも挑戦することができます。

 

 

7.リーダーシップ力が養われる

 

  これは、つい最近もつくづく感じたことなのですが、これまで書いてきた経験を何度も何度も積み重ねることで、スカウト達は、目を見張るほどの成長を遂げてくれるようになります。引っ込み思案でもじもじしていた子だったのが、中学生くらいになると、お姉さんスカウトとしてふっ切れたように力強く前へ出るようになる。この瞬間には鳥肌が立つくらいの感動を覚えます。その時期がいつになるかは当然ながら個人差があるのですが、スカウト達の成長を長い目で暖かく見守ることができる土壌があるからこそのことだと思います。

 

 

8.やくそくとおきてがある

 

  ガールスカウトでは、3つの指針に沿うことであれば、団のメンバーで話し合って決めたことは、どんなことをするのも、基本的に自由です。自分達が考えたことを、自分達で行います。例え失敗したとしても、それも一つの貴重な経験となり、このことが積み重ねを太くしていきます。

 

  ですが、我々ガールスカウトには、 やくそく と おきて というものがあり、これに反することをするのは 好ましくありません。

 

おきて

1.私は、いつも明るく勇気を持ちます。

2.私は、命あるものを大切にします。

3.私は、すべての人と友達となり、他のガールスカウトとは姉妹です。

4.私は、礼儀を正しくします。

5.私は、時間と資源を大切に使います。

6.私は、自分で考え行動します。

7.私は、言葉と行いに責任を持ちます。

8.私は、誠実であるようにつとめます。

 

やくそく

私は、神(仏)に対するつとめを行い、地域と国と世界への責任を果たし、人に役立つことを心がけ、ガールスカウトのおきてを守ります。

 

おきては、一見難しいことのようで、実は至って普通に大切なことしか示していません。とは言っても、全て完璧にできているかと問われると、ちょっとどうだろうと、やっぱり難しいということがわかるものだと思います。いつもこれが出来ています という心持ちで過ごすことが出来れば、何処にいても、幸せに生きていけるのではないかと思います。

 

また、やくそくには、神(仏)とあり、この組織のもつ宗教や人種に対しての寛容さが感じられ、このことから、世界146カ国というネットワーク組成が可能だったのではないかと思うことを、最後に特筆しておきたいと思います。

卒業したい‼︎

 しばらくの間、更新するのを止めていたブログですが、必死の追い込みで 今出来ることを終えたので、またぼちぼち再開していきたいと思います。

 

  今日は課題の最終の締切の日です。一昨日に何とか残っていた課題を全てまとめて、昨日速達郵便で出してきました。

 

  今回提出した課題が全て合格で、今月受講予定の英語のスクーリングを終えたら 晴れて卒業できます。

まだ課題がどうなるかわからないので、手放しに喜べるような状況ではありませんが、今出来ることは全てやったので、やり切った気持ちにはなっています。

 

ここまで来たら、課題がもし不合格であっても、王手がかかっている状態にはなっているので、今年度中の卒業が無理だとしても、次年度には必ず卒業出来る、、、はず。笑

平成と一緒に卒業か

はたまた新元号の元年に卒業か

どちらにしろ印象深い年になるはずなので

どうなるのか 楽しみでもあります。

学習期

2011年秋に通信制の大学に入学をしました。

以降スクーリングとレポート提出を通して粛々と単位を取り進めてきました。

卒業要件の124単位中、何とか100単位までは取り進めることができた所で、自分のポテンシャルには見合わないような、やたらと大変なお役目が回ってきたこともあり、やむなく年単位での休学措置を取っていました。

それまでも所用で何度か休学をしていた期間があるため、休学できる枠をめいっぱい使ってしまいました。そろそろ復学しなければ、在籍取り消しになるという所。

 

こういう必要に迫られて、仕方なく、復学しています。

こういうことでもなければ、すぐに、したいことの方に流れてしまって、後回しにしてしまうのが、私という人間なのですが。

元々、大学の門を叩いた1番の理由としては、このような自分の学習の偏りが大きいためでした。

 

土木建築に始まり環境や色彩、福祉、など、自分の関心あることは集中して熱心に勉強しているものの、各種試験などを受ける時など論述問題に向き合う度に、自分の限界や引き出しの浅さを感じていました。

大学というのは、自分の専門以外にも、最低限の一般教養を学ばなければ卒業出来ないというシステム上、自分のニーズにピタっとはまっているのではないかと思い、思いきって大学の扉を開いたのでしたが。

 

蓋を開けてみたら、124単位中の半分にあたる62単位の専門分野の単位は比較的に自分自身で進んで取り進めることが出来たのですが、興味関心の薄い残りの単位を取るのは、かなり、大変なことになりました。本末転倒って、こういうことを言うんですよね(笑)

 

かくして、自分の薄い部分と、今更ながらに、この年になって、悶絶しながら格闘を繰り広げているわけですが。

今秋から復学をしたので、お金を払いこんだので(ここ大事) 何とかこの半年での卒業を、目論んでいます。

 

ということで、すっかり放置プレイになっているブログですが、時折覗いて下さっている方には申し訳ありませんが、卒業出来る見通しが立つまでは、学業最優先にて、いきたいと思います。

 

近況報告でした。