ココロにツバサ属

日々感じたことを とりとめもなく

ガールスカウトが良いと思う8つの理由

  「ガールスカウトって何をするんですか?」

この質問はとてもよくある質問で、とても簡単なことのようで、いつも返事に困る難しい質問でもあります。

それは何故なら

端的に一言で言い表せないから。

そして、その端的に表せないから という事実を前に、それにかこつけて、いつしか言葉で説明するのを諦めてしまっている自分がいました。

「活動を見て 感じてね」

そう背中で語り、いや実際に言葉にし、時間がないことを理由に、多くを語るのを避ける。

こんなことを続けていて、モヤモヤしないわけがないです。

そこで。今日という今日は。

言いたいことを漏れなく出し尽くしてしまおうじゃないかと思います。

 

 

ガールスカウトが良いと思う8つの理由

 

 

1.活動の指針がハッキリしている

 

 ガールスカウトは、日本に約4万人の会員がいて、その会員全てが同じ指針を軸に活動を展開しています。指針は全部で3つあります。

 

①自然とともに

自然の中で活動することで、自然のもつ厳しさや、思い通りにならないことを経験します。天気や気温に対する心構え、落ち葉の踏みしめ加減、食べられるものかどうか など 五感を使いながら 野外で必要なことが自然と身についてきます。

 

②人とのまじわり

ガールスカウトは普段は団という市町村毎の単位での活動をしています。その中では様々な考えをもつ者や様々な年代が入り交じっています。団を越えて、ブロックという地域の単位や都道府県連盟単位、全国で交流することも少なくありません。たくさんの人に揉まれながら成長していきます。

 

③自己開発

自分の得意なことや不得手なことを、仲間やリーダーが気付かせてくれたり、時には自分で気付き、得意なことを伸ばし、不得手なことにも挑戦することで、私にもできた!を引き出し、自己肯定感を高めていきます。

 

また、ガールスカウトにはボーイスカウトと共通の 「そなえよつねに」という“モットー”があります。

ひらがなで書くと、何のこっちゃ?かもしれませんが、漢字で書くと「備えよ常に」です。

このモットーがあることで、必然的に準備力、段取り力が向上していきます。

 

これらの共通項があるということで、引っ越しなどで転団するとなった場合にも、基本的な所の違いがなく、新しい場所でもすっと溶け込むことが出来ます。共通項があると初めての人との出会いも 安心して話をすることができます。

 

 

2.キャンプがある

 

 ガールスカウトなら、避けては通れないキャンプ。キャンプを通して、前述の3つの指針を達成していくわけですが、筆者がキャンプがあることが良いと思うのには もう一つの理由があります。

それは 時間ができる ということです。

  現代人は便利な生き方を享受しているにも関わらず、いつも常に時間がなく、大抵その1番の犠牲になっているのが子どもたち というのが実情なのではないでしょうか。

たまにはゆっくり遊んでほしい、友だちと時間の許す限り遊びたい…そんな子ども達の願望が満たされるのが ガールスカウトのキャンプではないかと思います。

家族で行くキャンプともまた少し違い、たくさんの子どもや大人の中で一緒にキャンプをするということの醍醐味は、じっくりと一緒に過ごす時間ができる という所にあるのではないでしょうか。

 

 

3.女性だけでできることの強み

 

  ガールスカウトは、文字通りに女性が主体の組織です。基本的に 女性が中心となって様々な活動をこなしています。女性ならではの気遣いや思いやり、温かさや工夫が随所で感じられる反面、重たい物を搬入したりする重労働なども女性だけでするしかない状況下において、自ずと子どもながらにお手伝いが出来るようにもなってきます。協力する必然性があるため、自然とチームプレーが出来、チームワークも強くなっていきます。

また、女子ならではの悩みなど、安心して話したり相談することができます。自己開示をすることで、他からの承認を得ることができ、自分だけじゃなかった!ことに気付き、それがまた自己肯定へとつながっていきます。

 

 

4.世界につながる道がある

 

  ガールスカウトは、世界146カ国に存在し、約1000万人の会員が活躍する世界最大の女性団体です。この規模は他に類を見ず、それがゆえに様々な所で世界につながる道が出来ています。このことは、つながる相手も 同じ理念を抱いている ということが保証されているということであり、何処の馬の骨ともわからない見ず知らずの人 という心配が少なく、安心して送り出したり迎え入れたりすることができるのではないでしょうか。このことをキッカケにして、多くのスカウト達が世界に羽ばたいています。

また、世界につながる道があるからと言って、必ずしも世界へと背中を押されるわけではなく、本人の意志が不可欠となります。国内で活動するのが良い。という気持ちも尊重されますので、海外はちょっと…という人も安心してください。

 

 

5.ボランティアで成り立っている

 

  ガールスカウトのリーダーをしていてると、一体いくらでリーダーをしているのだろう。という外側からの視線を感じることがありますが、ガールスカウトの活動をするには、活動費と登録費というものがあり、活動費としてはスカウト活動に必要なお金を保護者が負担するだけで、そこには基本的に人件費は含まれておりません。

登録費には、日本連盟や都道府県連盟での事務手数料が含まれます。

 

ということが実の所なので、意外と、活動費は高くありません。敬遠されがちの理由の一つに、すごく、高いんでしょ?と 費用の面があると思うのですが、普通の習い事とあまり変わらない、むしろそれよりは少ないくらいかもしれません。このあたりは団によっても違いがあるので、ガールスカウトに興味がある方は、住んでいる所の近くの団に一度問い合わせをしてみてください。団に直接聞きにくい場合は、各都道府県連盟に尋ねてみるのも一つの方法だと思います。

 

  費用面は高くない分、保護者が団委員やリーダーとして、活動しなくてはならないという現実もあります。「ちょっといいこと、してみたい(させてみたい)けど、何をしたらいいのかわからない」と感じているご家庭や、「子どもと一緒に沢山の共通の思い出を作りたい」「仲間を作りたい」「学校を越えてお友達がほしい」「親子で一緒に成長し続けたい」こんな風に思われているご家庭には、とても良い場所になるのではないかと思います。

 

 

 

6.パトロールシステムがある

 

 ガールスカウトは、就学前1年のテンダーフット部門、1〜3年生のブラウニー部門、4〜6年生のジュニア部門、中学生のシニア部門、高校生のレンジャー部門、成人会員  という内容で、各年代に応じた活動をするのですが、その中で、パトロールという5人前後の班を組み、パトロールリーダー、副パトロールリーダー、タイムキーパー、配給係、書記 など、引っ込み思案だろうが、人見知りだろうが、何らかの 役割が与えられます。

トロールは固定ではなく、キャンプの度に変わったりするので、様々な役割を何度も経験することができ、高い頻度で得意を伸ばし、不得手にも挑戦することができます。

 

 

7.リーダーシップ力が養われる

 

  これは、つい最近もつくづく感じたことなのですが、これまで書いてきた経験を何度も何度も積み重ねることで、スカウト達は、目を見張るほどの成長を遂げてくれるようになります。引っ込み思案でもじもじしていた子だったのが、中学生くらいになると、お姉さんスカウトとしてふっ切れたように力強く前へ出るようになる。この瞬間には鳥肌が立つくらいの感動を覚えます。その時期がいつになるかは当然ながら個人差があるのですが、スカウト達の成長を長い目で暖かく見守ることができる土壌があるからこそのことだと思います。

 

 

8.やくそくとおきてがある

 

  ガールスカウトでは、3つの指針に沿うことであれば、団のメンバーで話し合って決めたことは、どんなことをするのも、基本的に自由です。自分達が考えたことを、自分達で行います。例え失敗したとしても、それも一つの貴重な経験となり、このことが積み重ねを太くしていきます。

 

  ですが、我々ガールスカウトには、 やくそく と おきて というものがあり、これに反することをするのは 好ましくありません。

 

おきて

1.私は、いつも明るく勇気を持ちます。

2.私は、命あるものを大切にします。

3.私は、すべての人と友達となり、他のガールスカウトとは姉妹です。

4.私は、礼儀を正しくします。

5.私は、時間と資源を大切に使います。

6.私は、自分で考え行動します。

7.私は、言葉と行いに責任を持ちます。

8.私は、誠実であるようにつとめます。

 

やくそく

私は、神(仏)に対するつとめを行い、地域と国と世界への責任を果たし、人に役立つことを心がけ、ガールスカウトのおきてを守ります。

 

おきては、一見難しいことのようで、実は至って普通に大切なことしか示していません。とは言っても、全て完璧にできているかと問われると、ちょっとどうだろうと、やっぱり難しいということがわかるものだと思います。いつもこれが出来ています という心持ちで過ごすことが出来れば、何処にいても、幸せに生きていけるのではないかと思います。

 

また、やくそくには、神(仏)とあり、この組織のもつ宗教や人種に対しての寛容さが感じられ、このことから、世界146カ国というネットワーク組成が可能だったのではないかと思うことを、最後に特筆しておきたいと思います。

卒業したい‼︎

 しばらくの間、更新するのを止めていたブログですが、必死の追い込みで 今出来ることを終えたので、またぼちぼち再開していきたいと思います。

 

  今日は課題の最終の締切の日です。一昨日に何とか残っていた課題を全てまとめて、昨日速達郵便で出してきました。

 

  今回提出した課題が全て合格で、今月受講予定の英語のスクーリングを終えたら 晴れて卒業できます。

まだ課題がどうなるかわからないので、手放しに喜べるような状況ではありませんが、今出来ることは全てやったので、やり切った気持ちにはなっています。

 

ここまで来たら、課題がもし不合格であっても、王手がかかっている状態にはなっているので、今年度中の卒業が無理だとしても、次年度には必ず卒業出来る、、、はず。笑

平成と一緒に卒業か

はたまた新元号の元年に卒業か

どちらにしろ印象深い年になるはずなので

どうなるのか 楽しみでもあります。

学習期

2011年秋に通信制の大学に入学をしました。

以降スクーリングとレポート提出を通して粛々と単位を取り進めてきました。

卒業要件の124単位中、何とか100単位までは取り進めることができた所で、自分のポテンシャルには見合わないような、やたらと大変なお役目が回ってきたこともあり、やむなく年単位での休学措置を取っていました。

それまでも所用で何度か休学をしていた期間があるため、休学できる枠をめいっぱい使ってしまいました。そろそろ復学しなければ、在籍取り消しになるという所。

 

こういう必要に迫られて、仕方なく、復学しています。

こういうことでもなければ、すぐに、したいことの方に流れてしまって、後回しにしてしまうのが、私という人間なのですが。

元々、大学の門を叩いた1番の理由としては、このような自分の学習の偏りが大きいためでした。

 

土木建築に始まり環境や色彩、福祉、など、自分の関心あることは集中して熱心に勉強しているものの、各種試験などを受ける時など論述問題に向き合う度に、自分の限界や引き出しの浅さを感じていました。

大学というのは、自分の専門以外にも、最低限の一般教養を学ばなければ卒業出来ないというシステム上、自分のニーズにピタっとはまっているのではないかと思い、思いきって大学の扉を開いたのでしたが。

 

蓋を開けてみたら、124単位中の半分にあたる62単位の専門分野の単位は比較的に自分自身で進んで取り進めることが出来たのですが、興味関心の薄い残りの単位を取るのは、かなり、大変なことになりました。本末転倒って、こういうことを言うんですよね(笑)

 

かくして、自分の薄い部分と、今更ながらに、この年になって、悶絶しながら格闘を繰り広げているわけですが。

今秋から復学をしたので、お金を払いこんだので(ここ大事) 何とかこの半年での卒業を、目論んでいます。

 

ということで、すっかり放置プレイになっているブログですが、時折覗いて下さっている方には申し訳ありませんが、卒業出来る見通しが立つまでは、学業最優先にて、いきたいと思います。

 

近況報告でした。

プチ被災

停電中の間に、PCやらが使えなくなり、しなくてはいけないことが沢山あるのですが、それは少し横におき、今回の台風により 感じたこと 学んだことを 防災リーダーとして 忘れないうちに 書き留めておきたいと思います。

 

まず台風当日。

この日は早くからシャッターのある扉はシャッターを下ろしてPCの線は抜き、厳戒体制で臨みました。それゆえ、実際に台風が上陸してからは、恐ろしい轟音が鳴り響くばかりで 外の様子はわからないでいました。怖いものみたさで2階へ。2階の窓にはほとんどシャッターがないわが家

手摺のワンクッションあるベランダの窓を選んで外の様子を偵察することにしました。

 

外を見ていると、突風に舞い上げられたゴミなのか何なのかわらかないものが、ガンガン飛んで行きます。時折 一反木綿のような、長い帯状のものも流れていきました。

沢山のものが風で飛ばされている中、音はだんだんとけたたましくなり、窓のサッシの隙間から風音がヒューヒューと入ってきます。ここは安全ではないということを、肌で感じているうちに、墓地を挟んで向こうの住宅のあたりからガシャっと大きな音がしたのを皮切りに、屋根瓦が、端から順に、綺麗に捲れていくのを目の当たりにしました。そうなっているのがわが家だったとしても、ちっともおかしくありません。思わず声が上がりました。

 

いつ、屋根瓦ほどの、十分に凶器になり得るものが、家の中に飛び込んできてもおかしくないと判断して偵察を中止し、一階へ避難しました。その時すでに停電し、家の中の電気の止んだ異様な静けさと、外の風の爆音との対比が鮮明でした。

 

これまで生きてきた経験上、風が止んだら電気がつくだろう、くらいに思っていましたが、今回はそうではありませんでした。

 

風が少し落ち着いてから恐る恐る外へ出ると、一反木綿が電柱に巻き付いていました。

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電気が復旧した時に、火災などの2次被害がおきるんじゃないかと心配になり、引っ張りますが、高い所にかかっているため、なかなか外せません。自力撤去は諦めて、関電さんにお任せすることにしました。

 

近所の人と一緒に住宅内を歩いて回ってみると、大きな木が倒れていたり、外用の大きなゴミ箱が飛ばされいたり、どこのものかわならない物置が飛んで来ていたり、木柵がなくなっていたり、カーポートの屋根が飛んでいたりしていました。一反木綿もあちらこちらに巻き付いていました。

そのうちのゴミ箱には、水の入った2Lのペットボトルが4本も、重石として入れられていましたが、通りをクルッと回った先のお宅の前まで飛ばされてしまったようでした。

 

それぞれの家で、多少の被害がありましたが、ケガをしたというのが知る限りは誰もなかったことが、幸いだったと思います。

 

そして停電は一向に戻らないまま、一日目の夜を迎えることになりました。わが家では常日頃から、災害はいつ来てもおかしくないという想定がありましたので、心の方も、水や食料にも、それなりに備えがありました。なので、ジタバタすることなく、すんなりと夜を迎えることが出来ました。何か特別にしたことと言えば、今日は電気のない夜を楽しもうと腹をくくったことくらいでした。

 

ランタン懐中電灯で暗い所を照らしながら、カセットコンロを使っての調理をしました。この時点ではまだ冷蔵庫も冷たさを保っていました。

お風呂も、水シャワーを覚悟していましたが、温水器にお湯が残っていたため、お湯でシャワーをすることが出来ました。

トイレだけは、お風呂の水を汲んで、流さなければ、使えないので、いつもと違う労がありました。3日間を思い返すとこれが1番大変だったと思います。これについてはまた後述したいと思います。

 

携帯電話は、バッテリーを消費するアプリなどを使わないようにすれば、翌朝まで持ちましたが、娘と夫は車で充電をしました。この時に、車に挿せる3つ口のUSBソケットで、一気に3台の充電が出来、活躍しました。

そして車では遮断されているテレビの情報を得ることが出来たのが、良かったです。

家の中ではもっぱらラジオつきライトで、NHK放送を聞き、情報を収集をしました。

 

電気がないと、何も出来ないので、早々に寝ることにしました。

キャンプの時に板や土の上で寝るのとは違って、布団での睡眠が出来たので、何ら問題なく快適でした。

でももし避難所へ行かなければならなくなっていたなら、シュラフ銀マットも備えておいた方が良いアイテムだと思います。

 

 

一夜明け。キャンプで野外での生活に慣れている我々にとっては、電気がないくらい、どうということはない。そんな気持ちでいました。

昨日は出来なかった片付けを、明るいうちにやってしまおう。

午前中は片付けに励みました。

 

片付けている最中に、会社の若い衆が、先月生まれたばかりの子に飲ませるミルクのためのお水を求めてやってきました。幸いにも水は止まっていなかったので、家から提供できるお水は全て渡しました。マンションは電気だけでなく水も止まって、なお大変なんだと知りました。コンビニで水が売り切れて買えない有り様でした。

 

お昼からは、暑くなってきたので、クーラーのない中で、熱中症になるのを回避するべく、あまり動かずに、休校で走り回っている子ども達の様子を眺めていました。

真夏の猛暑や酷暑というわけでなくて幸いでしたが、十分に9月の初旬の暑さは残っていたので、近所の子と一緒に走り回る子ども達を冷や冷やしながら見ていましたが、それでも元気な子ども達を見ていると、時間の経過が進むに連れて萎えそうになる気持ちを元気付けてもらっていることに気がつきました。

 

沈んでいても仕方ないし、関電からは、明後日を目処に復旧という発表もあったことだし、このままだと冷蔵庫の食品は持ちそうにないし、明日はゴミの日だから、この際断捨離をしてしまおう。

電気は来ていないものの、幸いなことに、お水はしっかりありましたので、冷蔵庫の掃除をしながら 、常温で保存できるものだけ残して、冷蔵庫をスッキリさせると、不思議と気持ちも引き締まり、スッとしました。

 

そうして迎えた2日目の夜は、夫の提案により、隣の市のお風呂屋さんへ行くことになりました。私としては、キャンプの時も、お風呂に入れないことは良くあることなので、昨日はシャワーも出来たことだし、今日は身体を拭くシートで拭くだけで十分だと思っていたのですが、子ども達もこの提案を蹴るはずもなく。

 

卒業した塾に、携帯の充電をさせてもらいに行った次女にも連絡し、帰って来るのを待ちました。塾は、みんなが困っていることを知って、SNSなどの通信媒体で、在校生のみならず、卒業生やその家族、友達、塾に直接関わりのない人でも、充電しに来ていいよと呼びかけて下さっていました🔋🔌 心温まる対応が、ゴールが見えずに疲れはじめていた心に沁みました。

 

次女が帰ってきて、ありがたくお風呂とお食事をいただいた後は、明るい町から暗い町への移動です。家へ近づくにつれて、だんだん暗くなっていきました。

国道を通る道中、大きな看板が折れ曲がっていたり、信号が点灯していなかったり、台風の爪跡がしっかりと刻まれていることを感じました。

 

帰るまでに寄ったコンビニで、パンや飲み物を買おうと思いましたが、もはやどの店舗もパンやおにぎりのコーナーはスカスカで、商品がまったく並んでいませんでした。何軒寄ったかハッキリわかりませんが、5軒くらいは寄ったのだと思います。中には店自体が空いてない所もありました。

家にパンの缶詰があるから、大丈夫と言って、家に帰りました。

もしかしたら帰ったら明るいかもしれないと、そういう淡い期待も抱くことも出来ないほど、真っ暗な住宅地が待っていました。

 

この時には、声にならない疲れが、どっと押し寄せていたように思います。

 

そして迎えた2回目の朝。

停電から40時間以上が経過しましたが、電気はまだ来ないままでした。

それでも子ども達はようやく学校へ行くことが出来るようになり、状況は大きく一歩前進しました。

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朝ご飯が手に入らなかったので、この日は非常食の缶deボローニャのパンを開けました。

 

この日は青少年の活動の月一の会議で難波に行く日だったので、被災後初めてハンドルを握りました。

話には聞いていましたし、前日にも自分の目で見ましたが、本当に、信号が点灯していなかったり、木が倒れていたり、思わずブレーキを踏んでマジマジと見つめてしまうような光景が至る所で見えました。

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そろそろ平常心を保つのに、疲れが出てきていたので、余計なことを考えることなく、明るい電気の下で、メンバーと話をしたりしながら過ごすことの出来たこの時間は、精神衛生的にとてもありがたい時間でした。

 

夕方帰ると、そろそろまだ停電している組と早くも解除されて落ち着いてきている組とに別れてきたことを感じました。落ち着いてきた組の方々はとても優しく色んなことを提案してくれます。その優しさで、しばしばお腹いっぱい胸いっぱいになりました。思考力が一気に低下してきている状態になり、全てが優しさに包まれているような気がしました。

 

夜は友人宅に呼んでもらい、お風呂とご飯をいただきました。お鍋を囲んで談笑していると、次女の友人が、ツイッターで、住んでいる地区の復旧情報を載せていたらしく、友人宅で万歳をして🙌🙌🙌喜び勇んで家路につきました。

 

 

たった56時間ほどの停電でしたが、とても濃密で、考えさせられることが多くあった3日間でした。

熟考しなくてはいけないことも多くありますが、それはじっくり考えていく課題として

今回は、文中の赤字で印した部分について、少しまとめておきたいと思います。

 

 

まず①2階にシャッターがない件

これは早急に見直す必要があると感じています。今後早い段階で見積もりをとって、それ次第にはなるかとは思いますが、早々に導入していきたいです。

 

次に②の重石を入れておいても飛んで行った件

これは、家に入るサイズのものならば、なるべく、家に入れるようにすることや、外なら柱にくくりつけるなどの工夫が必要と責任を感じました。

 

そして③のトイレですが

この3日間で、何と言っても、やっぱりトイレが何より大変で、大切だと、痛感いたしました。
バケツで水を流す労力ももちろん大変なんですけど、それが故に、トイレに行くのを知らず知らずのうちに我慢してしまっていたり、飲む量食べる量も控えてしまっていたり。それで、お腹が張ってしまったり、夜中にトイレにかけこんだりすることになったりしました。トイレは食欲や体調に直結することなんだと、身をもって知りました。今後、1階か2階のどちらかだけでも、手動で流せるトイレにしたいと思っています。

 

それから④のお水ですが

わが家は宅配サービスのアクア○ララのお水を利用しています。1本12Lという大きさなので、これが常に2本はストックがある状態で、回転させています。多少コスパはかかりますが、災害時で電気が止まっていても、お水は飲める仕組みなので、ちょこちょこと買いに行く必要もなく、とても合理的に備えておくことが出来るため、いざという時に安心です。特に子育て真っ盛りの忙しい世帯にこそおすすめしたいと思います。

 

最後の⑤として本文には出て来ませんでしたが

わが家は太陽光を設置していません。これまであまり魅力を感じられなかったのが1番の理由なのですが、今回の停電を通じて、太陽光のおうちは、軒並み、それほど困っている様子はなく、洗濯と携帯の充電は賄えた、冷蔵庫の電源として、昼間は確保できた。とご近所の皆様の話を聞いて、それだけのことが出来たら十分ありがたいことだし、そんなに心強いことはないな、と感じました。

 

長々と一気に綴ってしまいましたたが、本文の緑の字はいざという時に困らないための、あったらいいな、おススメの防災グッズです。こちらはハッシュタグで一覧にしておきます。

 

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散乱中

身も家も心もとっ散らかっている42歳の夏です。
今年の夏も色んなことがありました。


まず、ライフワークの活動でキャンプが、台風の影響により中止になりました。
これはまだまだ未熟な自分にとってはなかなか大きいことで。
毎年この3日間の修行に出て、ほとほと自分というものの皮を脱ぎ捨てて帰ってくるのが、自分の中では良いルーティーンになっているものですが。
今年はこの機会を喪失し、ぎっしりと一年分の皮が溜まっているような状態です。

どこかで小脱ぎに・・・出来ないでしょうね、おそらく。

 

ということで、とっ散らかっているわけですが。
気の流れというのは本当に大事なことで。

澱んだ気は溜めないようにすることが大切なのですが。

生きていると多かれ少なかれ澱んだ気を取り込んでしまうもの。

それを日常で小出しにしつつ、どこかでまとめてどっさりと捨ててしまう。

こうすることで新鮮な気の流れを取り入れることが出来るようになるわけです。

そう、まさにそれこそが断捨離なんです。

 

「しなくちゃいけない」と気負うこともなく、大きな行事が中止になったからと言ってそんなことに左右されるわけでもなく、何気ない日常でそれがいつもサラッとできるようになれば、このタスクは習得というわけです。

まだそこには行けていない私であります。遠くて長い道のりです。

 

今年の夏は背中に出来たできものを切ってらうという課題も残っています。
3人目を産んだ際に、3人目に限っての帝王切開だったのですが、その際に背中に入れた麻酔の針の穴がこじれて「粉瘤」というものになったと、自覚しています。

というわけで背中に9年間も異物を養ってきたわけですが。
この夏の間に子どもとゴロゴロしていた時に、背中に顔をうずめた子に「臭い!」と指摘され。切開を決意した次第です(笑)

 

9年間、末娘と一緒に育てた異物は1円玉大くらいのけっこうな大きさがあり。手と目が届かない背面ということもあり、密かにどんどん発達をしていたわけで。まだ小さいうちは、気付いた夫が絞り出してくれたりもしていましたが、大きくなるとともに恐れが出てきたようで、病院へ行くように  と言われていましたが、緊急性のない自分のことはいつも後回しの日々。気が付けばもう末娘と同じ9年選手になっていたわけで。

 

近頃はそれが背中を圧迫していてか、背中の痛みに襲われることも少なくありませんでした。それが麻酔の針穴に出来ていると考えれば、神経を圧迫していることも、素人ながらに十分考えられるわけで。匂いや痛みなど改善すべく、メスを入れていただくことにしました。日帰りで15分ほどのことのようで、大したことではないとわかっていても、ビビりの自分はそれが終わるまで心の落ち着きを取り戻せないでいるようです。何て小さい人間なんだろうと思わざるを得ないわけです。

 

自分は、生きている上で、誰に、いつ、何がおきても、全然おかしくないと、どこか達観している節がありますが。かと言って、現実的な、目の前の小さな小さな出来事については、動揺を隠せないという事実真実もまたあるわけで。そんな自分がまた可愛らしく思えたりもします(笑)

もはや、その心の観察と整理というか制止でいっぱいいっぱいになっているわけで。とっ散らかっている日常なのでありました。

 

いつもとにかくポジティブな私の ちょっとネガティブな一面でした(笑)

40の手習い?

何故だか日記のカテゴリの中にある「お茶会」

ボランティアで関わることが増えてきたのでエントリーしたものだったのですが

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この度(と言っても来年の話)「普通のお茶会」にスタッフとして参加することになりました。

公私に渡ってお世話になっている従姉妹のお願いとあって、断れません。

というか、先方にも、断らせないくらいの気迫があり。

有無を言わさず。に、限りなく近い形で引き受けることになりました。

 

ここ3年間くらいお手伝いをさせていただいていた老人ホームでのお茶会では、立礼式が主流で、お運びさんとして入居やデイの方向けにお茶を出すことをしてきました。

そのご縁で先生のお茶会に呼んでいただくことも何度か経験させていただいてきたのですが。

 

その様な経験が少しあるだけで、まさか、この年になってから、今まで背を向けてきたことにまともに向き合うことになろうとは考えてもいなかったわけで。

何でこんなことになってるんでしょうか。

縁とは本当にわからないものですね。

 

背を向けてきたと前述しましたけれど、何か特別に理由があって、毛嫌いして、そうしてきたわけではありません。

ただ単にこれまで自分には縁がなかったし、とりたてて魅力も感じていなかった。

というか、むしろそれは、ただただ何の疑いもなく日本の文化に迎合することのような気がして、「古き良き」ということを疑いなく信じている人の感覚の方が自分には馴染めなかった。

それで、他人事として遠巻きに見ていたと、言えるかもしれません。

 

かと言って目の敵にするほど嫌いになる理由なんかもまったくなかったわけで。

だからお茶のことや和服のことは保留案件として自分の中では是も非もなく手つかずの領域になっていたことでした。

 

昨日初めて少しお稽古というものをつけていただいて。

感じたことと言えば、圧倒的にセンスがないというか、要領を得ないというか。

本番まで1年足らずの間にどれくらい使いものになるのか、まったく未知数ですが。

必要なことを習得するにはかなりしんどい話だなと 感じています。

 

だけども、この、どうにもならないような話に協力してくれる仲間もいて。

ありがたさを噛み締めつつ、自分よりは遥かに経験値の高い、仲間というか 先輩達の胸を借りる形になりそうな気配です。

ただ単純に甘えるのではなく、一緒に高まっていけるように、足を引っ張ら無いように(実際引っ張ってしまうのだろうけど)やるからには、ちゃんとやりたい。と思います。

 

ひとまず来年までの期間限定での話なので、知らないことを楽しみつつ、出来ないことに悶えつつ、ゴールを見据えながら精進していきたいと思います。

 

〇〇になりたい!

三女が最近学校で将来なりたいものについてよく考えたりしている様子。

 

「お母さんは子どもの時に  何になりたかったん?

 

「お母さんはねえ。インディージョーンズとかのアドベンチャーが好きでねえ。冒険家になりたかったんよなあ。」

 

「そうなん?」

 

「そうなん!」

 

「それ…私もなりたい!

 

「そうなん?」

 

「うん!楽しそう❗️」

 

それ以上は何も詳しく説明もしなかったのだけど。

[母は日々好きなことをして生きてる]

ように見えていることだろうと思う。

実際嫌なことからは全力で遠ざかっているし、毎日結局好きなことしかしていない、笑。

「しなくてはいけないこと」は必要最小限のみ実施してますが。

しなくてはいけないことと、したいことが、今では一緒になってる部分も多くて 明白な線引きは難しい。

 

実際母がしているんだろう仕事のあれこれや

趣味なのかボランティアなのか、よくわからないあれこれは一体何なのか。

と思っているのではないかと思われる。

だって、当の本人が「こういうもの」というのを表現し難いのだから。

 

そんな娘に「冒険家」というワードがパチンとはまったみたいだ。笑

すごい説得力があったみたいだ。

 

普通の感性なら、冒険家なんて聞いたら、あれは映画だから とか、現実離れしてる とか、何で今の像と全然違うの とか、そんな風に思うんじゃないかなあと思われる。

実際自分も3年生か4年生の時に、将来の夢は冒険家とプリントに書きながら、半分はこんなんでいいのかな?という不安があった。笑

 

でも娘は、よくわからないけど、そうか、冒険家を目指すと母のようになるのか。と感じたみたいだ。

しまいには「お母さんになりたい!」とまで言い出した。

 

「えー。こんなダメダメのポンコツの母さんでいいの?」

 

「うん。お母さんがいいねん!

お母さんみたいになりたい!」

 

耳を疑うような言葉だけど

いやいや。録音しておきたかったなあ。

この先にどんな困難があっても、この言葉を聞いたら、力になるような気がする。

 

娘に、お母さんはお母さんのままでいいんだよ

って全肯定してもらったようで。

何だか心がふんわり 温かい。

 

録音は出来なかったけど

残しておきたい親子の会話でした。